平成11年度北海道大学文学部修士論文要旨

「視覚-触運動間のCross-Modal Primingにおける心的イメージの効果」

                                 
森本 琢



 視覚と触運動というモダリティ間の相互関係は深いにも関わらず、両モダリティを仲介するメカニズムがどのようなものであるのか、未だ解明がなされていない.
 本研究では、上記の問題を明らかにするための第1ステップとして、視覚と触運動間のクロスモダルプライミングを仲介するメカニズムについて検討を行う.
 
 

視覚と触運動を支える各神経基盤と中枢神経機制におけるメカニズムに関して

 現在のところ、視覚、触覚ともに末梢神経からそれぞれの感覚野までの経路、情報の流れに関してはある程度解明がなされている.しかしながら、異なる経路によって得られた視覚情報と触覚情報が中枢神経機制においてどのように統合されるのか、という次のステップに関しては未解明の部分が多い.
 
 

視覚と触運動間の仲介メカニズムに関わる知覚実験パラダイムを用いた心理学的研究

 視覚刺激と触運動刺激を同時に提示し、それらが対象知覚に及ぼす相互作用を検討した研究(e.g., Heller, 1982; Lederman & Abott, 1981; Lederman, Thone, & Jones, 1986, Warren and Rossano, 1991)では、視覚と幾何学的特徴は結びやすく、触運動と材料的特徴は結びつきやすいことが示されている.
 また、Klatzky and Lederman (1987)は、2次元的刺激(平面的刺激)と3次元的刺激(立体的一般物体)といった扱う材料の違いによって、視覚と触運動間の相互関係は異なることを示唆している.
 →こうした研究の問題点として以下のようなことが挙げられる.
視覚と触運動を同等に捉えるのではなく、視覚を触運動的探索における補助的手段として捉えた研究が比較的多い.→相互作用を検討するのには充分ではない.
 
 

視覚と触運動間のクロスモダルプライミング

 クロスモダルプライミングを用いた手法は視覚と触運動を同等に扱うことができるパラダイムであり、視覚と触運動間のクロスモダルプライミングの仲介メカニズムを検討することで、視覚と触運動間の仲介メカニズムの解明に近づくことができると考える.
過去の知見として
 単語を刺激としたもの(Easton, Srinivas, & Greene, 1997)、3次元的な一般物体(ハンマー、ハサミなど)を刺激としたもの(Easton, Greene, & Srinivas, 1997; Reales & Ballesteros, 1999)、3線図形といった単純な刺激を用いたもの(Easton, Greene, & Srinivas, 1997)などがあり、そうしたほとんどの研究において、視覚から触運動へ、触運動から視覚へのクロスモダルプライミングが示されている.
 しかしながら、そうした研究では以下のような問題点を指摘することができる.
1.多くの研究が従来から提唱されているプライミングの持つモダリティ特異性に対するアンチテーゼとしての目的で行われたものが多く、クロスモダルプライミングが起こる視と触の内部メカニズムに関しては深い考察がなされていない.視覚と触運動間のクロスモダルプライミングを仲介する表象が前意味的な、抽象的表象(幾何学的表象、構造的表象である)という見解がなされているくらいである.
2.ほとんどの研究でクロスモダルプライミングの生起に、言語的仲介(Easton, Srinivas, & Greene, 1997; Easton, Greene, & Srinivas, 1997; Reales & Ballesteros, 1999)もしくは、学習時における不自然な符号化(Easton, Greene, & Srinivas, 1997)が関与している可能性が強い
 
 

本研究の方向性

 視覚と触運動間のクロスモダルプライミングを仲介するメカニズムを探る新しい手法として、以下の方法を提案する.
 1.学習時とテスト時の表象の類似度を、学習時のイメージ的符号化という心的操作によって、段階的に変化させ、どのような段階でクロスモダルプライミングが生起または増大するのか調べることにより、どういった表象が視覚と触運動間のクロスモダルプライミングに必要なのか、検討する.
 
2.先行研究の問題点をふまえ、言語的な仲介の可能性が低い刺激材料(3線図形)を用い、かつ不自然な符号化を行わせない学習環境下で視覚と触運動間のクロスモダルプライミングが生起するのか否か、検討を行う.
 
3.視覚的学習から触運動的課題への促進と、触運動的学習から視覚的課題への促進を比較することにより、そうした各方向の移行に必要な表象が類似したものか、異なるものなのか検討する.
 
 


実験1

  イメージという心的操作によって表象の類似度を、視覚から触運動へと段階的に近づけていき、どの段階でプライミングが生起または増大するのかを見ることにより、視覚から触運動への移行に必要な表象について検討する.被験者として、統制群、視覚的イメージ群、触感不一致触運動的イメージ群(学習時に喚起させる触運動イメージの触感がテスト時と異なる)、触感一致触運動的イメージ群(触感がテスト時と同じ)を設け、比較を行う.
 また、喚起するイメージの種類によってその性質にどのような違いがあるか考察するため、学習時にイメージを投影させる画面として、白画面(視覚的妨害無条件)と白黒ドット画面(視覚的妨害有条件)を設け、そのような環境で学習した刺激と非学習刺激を比較し、各イメージが視覚的妨害にどのような影響を受けるのか検討する.

被験者 北海道大学の学部生72名(男36名 女36名) が参加した.ランダムに18名が、4つの学習条件に割り振られた.
実験計画 実験は4(群:統制、視覚的イメージ、触感不一致触運動的イメージ、触感一致触運動的イメージ)×3 (項目の種類:妨害無し、妨害有り、非学習)の2要因混合計画で行われ、前者の要因が被験者間要因、後者の要因が被験者内要因であった.

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結果と考察

 各条件における正答率をFigure 2に示す.
 触運動的課題における各条件の正答率に対して、群と項目に関する2要因分散分析を行った.群に有意な主効果は見られなかった(F(3,68)=0.316).また、項目にも有意な主効果は見られなかった(F(2,136)=0.821).有意な結果が得られたのは、群と項目の交互作用のみであった(F(6,136)=2.504, p<.05).
 単純主効果検定の結果、触感一致触運動的イメージにおける項目の種類に有意な差が見られ(F(2,136)=5.160, p<.01)、Ryan法に基づく下位検定の結果、視覚妨害無項目が非学習項目よりも(t(136)=2.847, p<.01) 、また視覚妨害有項目が非学習項目よりも高いことが示された(t(136)=2.712, p<.01) .
 つまり、触感一致触運動イメージ群においてのみ、視覚妨害無、有とともに正のプライミング効果が見られたということである.触感一致触運動的イメージ以外の群ではプライミングもしくは妨害による効果は見られず、また、各刺激項目における群の効果も見られなかった.
 この効果は、触運動的課題へのプライミングには、触感を含む触運動的表象が関わっていることを示すものである.この結果は従来、視覚と触運動におけるクロスモダルプライミングは生起しやすく、仲介には前意味的な抽象的表象(幾何学的な)が重要であるという知見(Easton, Greene, & Srinivas, 1997; Reales & Ballesteros, 1999 )に疑問を投げかけるものである.
 また、たとえ、学習刺激が視覚提示であっても、イメージという心的活動を通して、同定課題に関与した感覚・知覚情報(表象)の処理を行うことで、プライミングが生起することを示唆している.

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実験2

 イメージという心的操作によって表象の類似度を、触運動から視覚へと段階的に近づけていき、どの段階でプライミングが生起または増大するのかを見ることにより、触運動から視覚への移行に必要な表象について検討する.被験者として、統制群、色不一致視覚的イメージ群(学習時に喚起させる視覚的イメージの色がテスト時と異なる)、色一致視覚的イメージ群(学習時に喚起させる視覚的イメージの色がテスト時と同じ)を設け、比較を行う.また、実験1と同様、視覚妨害の効果も検討する.

被験者 北海道大学の学部生54名(男44名 女10名) が参加した.被験者は18名づつ3群に割り振られた.また、各群は学習時白背景グループと学習時黒背景グループの二つのグループに分けられた.
実験計画 実験は3(群:統制、色不一致視覚的イメージ、色一致視覚的イメージ)×3 (項目の種類:妨害無し、妨害有り、非学習)の2要因混合計画で行われ、前者の要因が被験者間要因、後者の要因が被験者内要因であった.

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結果と考察

 各条件における正答率をFigure 4に示す.
視 覚的課題における各条件の正答率に対して、群と項目に関する2要因分散分析を行った.群に有意な主効果は見られなかった(F(2,51)=0.419).しかし、項目に有意な主効果が見られた(F(2,102)=5.003, p<.01).また、群と項目の交互作用に有意な効果は見られなかった(F(4,102)=1.326).
 項目の主効果に有意差が見られため、Ryan法による多重比較を行った.その結果、妨害無項目が非学習項目よりも(t(90)=2.642, p<.01) 、また、妨害有項目が非学習項目よりも正答率が高い(t(90)=3.067, p<.01) 、つまり、全体的に学習項目(妨害無項目、妨害有項目)にクロスモダルプライミングが生起した.
 この効果は、学習時に触刺激を触りながらイメージを喚起するかどうか、また、そのイメージがテスト時の刺激と材料的要素(色)が類似したものであるかどうか、に関わらず触運動から視覚へのクロスモダルプライミングが生起することを示している.一方、実験1において、視覚から触運動へのクロスモダルプライミングは、視覚的学習時に触感を伴う触運動的イメージを喚起するという限定した条件においてのみ、生起した.こうした結果は、視覚から触運動と、触運動から視覚への移行の起こりやすさ、また、その符号化方略を含めた処理プロセスに違いがある可能性を示唆するものかもしれない.


 
 

総合考察



 実験1において、形態に関わりが少ないと考えられる触運動における肌理(触感)、比較的形態処理を要求するような課題を用いた場合にも、視覚と触運動間のクロスモダルプライミングに影響をもつという知見を得た.こうした知見は、視覚と触運動間のクロスモダルプライミングを仲介する表象が前意味的な、抽象的表象(幾何学的表象、構造的表象)であるという知見(Easton, Greene, & Srinivas, 1997; Reales & Ballesteros, 1999)に、疑問を投げかけるものである.
 こうした結果は以下のような理由によって、出現した可能性がある.
1.イメージ的操作によって表象の類似度を操作し、視覚と触運動間のクロスモダルプライミングにおいて重要な要素を明らかにしようとする新しい方向性によって、見過ごされがちであった形態以外の材料的要素にも焦点を当てたこと.
2.先行研究における言語的仲介や学習時の不自然な符号化といった問題点を改善し、実験を行ったこと.


 本研究では、視覚と触運動間のクロスモダルプライミングを、視覚から触運動への移行、触運動から視覚への移行へと分割して考え、二方向の移行が同程度に起こるのか、もしくは一方の方向の移行に優位性があるか検討を試みた.→その結果、視覚から触運動への移行が触感を伴う触運動的イメージを行った時にのみ生じたのに対し、触運動から視覚への移行はそうしたイメージを行わない場合にも生起する可能性が示された.このことは視覚から触運動への移行のしやすさと、触運動から視覚への移行のしやすさが異なる可能性を示唆しているのかもしれない.
 こうした方向性は、言語的仲介や不自然な符号化の可能性が内在する強い双方向のクロスモダルプライミングが示された先行研究では見られなかったものであり、引き続き検討を行う必要がある.
 
 


 実験1において、学習時とテスト時の知覚的要素が異なっていても、イメージという心的活動を通して、同定課題に関与した感覚・知覚情報の処理を行うことで、プライミングが生起する可能性が示された.
 これは過去の知見において、イメージにより異なる形態やモダリティにも、クロスフォームな、またはクロスモダルなプライミングが生起するという研究(Roediger & Blaxton, 1987; McDermott & Roediger, 1994)を支持するものであり、また、イメージが表象を操作する道具として有効であることを裏付けるものである.