触運動的ワーキングメモリにおけるサブシステムの性質

─形態的および材料的側面の関係─

○森本 琢 菱谷 晋介

(北海道大学大学院 文学研究科)

key words: ワーキングメモリ、触運動、形態,触感

【目的】

 現在までいくつかのワーキングメモリのモデルが提案されており,そこでは音韻的もしくは視空間的コンポーネントの存在が想定されている(e.g., Baddeley, 1992).一方で,それ以外に,主要な各感覚システムに依拠したワーキングメモリのコンポーネントの存在を示唆するような知見も存在し(Zatorre et al., 1996),ワーキングメモリを多角的に捉えていくために,それらの存在を確かめ,性質を明らかにしていく必要性があるように思われる.
 本研究では,触運動に関わるワーキングメモリの存在を仮定し,その内部におけるサブシステムの性質に関して,物体情報における形態的側面と材料的側面(触感)が触運動的ワーキングメモリ内で統合されて保持されるのか,分離して保持されるのかといった視点から検討を行う.具体的には,触運動的形態情報と触感的情報を同時に保持させ,保持期間中に形態もしくは触感情報の処理を選択的に行わせるような干渉課題を設けた場合に,保持された各情報が各干渉課題からどのような影響を受けるのか検討する.もし,形態的干渉が形態情報のみを,触感的干渉が触感情報のみを選択的に妨害するという二重乖離が見られたならば両者は分離されていると言えるであろうし,逆に,そうした二重乖離が見られなければ両者はある程度統合されていると考えられるだろう.

【方法】

 被験者 大学の学部生および大学院生24名
 実験計画 実験はプライム刺激とターゲット刺激の関係(形異,触異,同)×干渉課題(形態,触感,無し)の2要因計画で行われ、要因は全て被験者内要因であった.
 刺激材料  本課題では,それぞれの形態(○,△,□,◇, ,+から選択された)と触感(フェルト,紙,コルク,ゴム,発泡スチロール,スポンジから選択された)が異なる3個の物体(各物体は縦横1.5〜1.8cm,高さ5mmに統一された)を7cm×7cmの厚紙に接着した刺激(プライム用39個,ターゲット用39個)が使用された.干渉課題では,形態的課題用の刺激として形態が同じもしくは異なる二つのランダム図形(5角形),触感的課題用の刺激として肌理の粗さが同じもしくは異なる二つのサンドペーパーを,縦5cm×横10cmの厚紙に接着したものが使用された.
 実験手続き 実験の流れをFig.1に示す.被験者はまず,3個の物体から構成されるプライム刺激を15秒間触り,各形態と触感の両方を記憶することが求められた.引き続き干渉課題が行われ,被験者は二つのランダム図形(5角形)の形態的同異判断(形態的干渉課題),または二つのサンドペーパーの肌理の粗さの同異判断(触感的干渉課題),もしくは干渉刺激が提示されず何もしない(干渉課題無し),のいずれかを行うことが求められた.その後,ターゲット刺激を触り最初に提示された刺激とのマッチングが求められた.ターゲット刺激とプライム刺激の関係は,触感は3つとも同じだが3つのうち1つの形態が異なる場合(形異条件:形態的差異の検出が必要とされる),形態は全て同じだが1つの触感が異なる場合(触異条件:触感的差異の検出が必要とされる),形態と触感の両方が全く同じ場合(同条件)があり,被験者は3つのうちどの条件であったのかを「かたち」「さわり」「おなじ」と口答することが求められた.音声反応はマイクによってコンピュータに取り込まれ,刺激を触り始めてから回答するまでの時間が計測された.また,一試行が開始されてから終了するまでの間,言語化を抑制するための構音抑制(サッサッと小声で言い続ける)を行うことが求められた.

 

【結果と考察】

 正答反応時間について,干渉無し条件における反応時間の平均値をベースラインに,各干渉課題を行うことによる遅延時間を算出した.遅延時間に関して,同反応を除外し(形態的情報の検出処理が反映されているであろう形異反応と,触感的情報の検出処理が反映されているであろう触異反応とをシンプルに比較するため),ターゲット×干渉の2要因分散分析を行った(Fig.1).その結果,有意な結果が得られたのは,ターゲットと干渉の交互作用のみであった(F(1, 23)=7.332, p<.05).単純主効果検定の結果,触異反応と形異反応における干渉の妨害効果に有意な差が見られ,触異反応では触感干渉条件の方が形態干渉条件よりも妨害が有意に(F(2, 46)=4.584, p<.05),形異反応では形態干渉条件の方が触感干渉条件よりも妨害が有意傾向で大きかった(F(2, 46)=3.306, p<.10).すなわち,触感的干渉はワーキングメモリに保持された触感的情報を,形態的干渉は形態的情報を選択的に妨害するという二重乖離が示された.
 今回の結果は,触運動的ワーキングメモリ内において形態的表象と材料的表象(触感)が分離されて保持される可能性を示唆するものである.より詳細なメカニズムの解明のためには,今後さらなる検討が必要であろう.