視覚的ワーキングメモリにおける形態的表象と材料的表象(肌理)の統合
○森本 琢        菱谷 晋介
(北海道大学大学院 文学研究科)


【目的】


現在までいくつかのワーキングメモリのモデルが提案されており,そこでは音韻的もしくは視空間的コンポーネントの存在が想定されている.一方で,それ以外に,主要な各感覚システムに依拠したワーキングメモリのコンポーネントが存在するのではないかという示唆もあり(Smith & Jonides, 1997),ワーキングメモリを多角的に捉えていく上で,各モダリティに依拠したワーキングメモリの性質を明らかにし,それらの類似点・相違点を探っていく方向性も必要であろう.森本・菱谷 (2001日心)は,触運動に関わるワーキングメモリを取り上げ,その内部におけるサブシステムの性質に関して,物体情報における形態的側面と材料的側面(触感)が触運動的ワーキングメモリ内で統合されるのか,それとも分離して保持されるのかと言った視点から検討を行った.その結果,触運動的ワーキングメモリ内において形態的側面と材料的側面が分離して保持される可能性が示された.本研究では,次のステップとして,視覚的ワーキングメモリ内におけるサブシステムの性質に関して検討を行い,先の触運動的ワーキングメモリ関する研究結果との比較を行う.
具体的には,視覚的形態情報と肌理情報を同時に保持させ,その保持期間に形態もしくは肌理情報の処理を選択的に行わせる干渉課題を挿入した場合に,保持された各情報がそれらにどのような影響を受けるのか,実験的に検討する.もし,形態的干渉が形態情報のみを,肌理的干渉が肌理情報のみを選択的に妨害するという二重乖離が見られたならば,視覚的ワーキングメモリ内において両者は分離されていると言えるであろうし,逆に二重乖離が見られなければ両者はある程度統合されていると考えられる.

【方法】


被験者 大学の学部生および大学院生27名
実験計画 実験はプライム刺激とターゲット刺激の関係(形異,肌理異,同)×干渉課題(形態,肌理,無し)の2要因計画で行われ、要因は全て被験者内要因であった.
刺激材料  本課題では,それぞれの形態(○,△,□,◇,42.jpg,+から選択された)と肌理(縦縞,横縞,斜縞,波縞,格子,斜格子から選択された)が異なる3個の物体(各物体は縦横2.2〜2.7cm,に統一された)を1セットとした刺激(プライム用39個,ターゲット用39個)が使用された.干渉課題では,形態的課題用の刺激として形態が同じもしくは異なる二つのランダム図形(5角形),肌理的課題用の刺激として白黒の比率が同じもしくは異なる二つのランダムドットパターンが使用された.
実験手続き 実験の流れをFig.1に示す.被験者はまず,3個の物体から構成されるプライム刺激を15秒間見て,各形態と肌理(模様)の両方を記憶することが求められた.引き続き干渉課題が行われ,被験者は二つのランダム図形(5角形)の形態的同異判断(形態的干渉課題),または二つのランダムドットにおける白黒比率の同異判断(肌理的干渉課題),もしくは干渉刺激が提示されず何もしない(干渉課題無し),のいずれかを行うことが求められた.その後,ターゲット刺激が提示され最初に提示された刺激とのマッチングが求められた.ターゲット刺激とプライム刺激の関係は,肌理は3つとも同じだが3つのうち1つの形態が異なる場合(形異条件),形態は全て同じだが1つの肌理が異なる場合(肌理異条件),形態と肌理の両方が全く同じ場合(同条件)があり,被験者は3つのうちどの条件であったのかを「かたち」「もよう」「おなじ」と口答することが求められた(「かたち」「もよう」と答えた場合は,その後,どこの場所が異なっていたのか,上,右,左で答えることが求められた).音声反応はマイクによってコンピュータに取り込まれ,刺激を触り始めてから回答する(「かたち」「もよう」「おなじ」)までの時間が計測された.また,一試行が開始されてから終了するまでの間,言語化を抑制するための構音抑制(サッサッと小声で言い続ける)を行うことが求められた.


【結果と考察】

正答反応時間について,干渉無し条件における反応時間の平均値をベースラインに,各干渉課題を行うことによる遅延時間を算出した.形異反応では形態情報が正しく保持されていることが,肌理異反応では肌理情報が正しく保持されていることが,正答を速く導き出すための必要条件である.逆に言うと,前者には保持された形態情報の劣化の程度が,後者には保持された肌理情報の劣化の程度が顕著に反映されると考えられる.形態情報と肌理情報の劣化の程度を直接的に比較するため,今回は,形異反応と肌理異反応のみを分析対象とした.遅延時間に関して,同反応を除外したターゲット×干渉の2要因分散分析を行ったところ,主効果,交互作用ともに有意な効果は得られなかった(Fig.2).

交互作用に有意な効果が見られない,すなわち,形態的干渉が形態情報のみを,肌理的干渉が肌理情報のみを選択的に妨害するという二重乖離が見られなかったことは,視覚的ワーキングメモリ内において,両情報がある程度統合された形式で保持される可能性を示唆するものであろう.
視覚的モダリティを用いた本研究の結果は,触運動的モダリティを用いた研究(森本・菱谷,2001日心)において見られた,形態的側面と材料的側面(触感)が分離して保持される可能性を示唆する結果とは異なる.こうした違いは,両感覚モダリティに依拠するワーキングメモリ間の質的な相違を反映したものと考えられる.視覚では形態的側面に偏重した情報探索が行われるのに対して,触運動では材料的側面にも重きが置かれた情報探索が行われるという知見が存在する(e.g., Klatzky, Lederman, Matula, 1993, Lederman, Summers, Klatzky, 1996).そうした知見から考えると,触運動的ワーキングメモリにおける保持では,形態的情報のためのサブシステムに加えて材料的情報のための独立したサブシステムが必要となるのに対して,視覚的ワーキングメモリでは,形態的情報に材料的情報が付随するような統合された形式で,保持がなされるのかもしれない.こうした仮定を確かめる上でも,今後,視覚的モダリティに依拠するワーキングメモリと触運動的モダリティに依拠するワーキングメモリの性質の類似点や相違点に関して,更に検討を進めていく必要があるだろう.